個人の力があってこそ作られていく場所
東池袋 KAKULULUに学ぶ街のあり方

▽11 KAKULULU

今回は馬喰横山を飛び出して、東池袋に2014年にオープンした「KAKULULU(カクルル)」オーナー高橋悠さんにお話を伺いました。「COFFEE MUSIC GALLERY」を謳い、カフェ営業だけでなく音楽ライブや各種イベントも開催していることからミュージシャンや音楽愛好家にもファンが多い同店。2021年には店を飛び出し地元ホールで店の周年イベントも兼ねた音楽公演を開催するなど、地域のカルチャーを底上げする存在にもなっています。
取材をとおして、東池袋/KAKULULUとさんかく問屋街には共通点やつながりが多いことが判明。馬喰横山のこれからを考えるうえでのヒントが多分にあるはずです。

聞き手:勝亦優祐
撮り手:Daisuke Murakami
書き手:瀧瀬彩恵

地元・東池袋で見つけた手付かずの廃墟「三角ビル」

勝亦 東池袋エリアが地元だそうですが、これまで過ごしてきて感じた変化や街の様子について聞かせてください。

高橋 今でこそ「あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)」や高層マンションが並びますが、昔はもう少しゲットー感のある乱雑な古い木造家屋が多かったです。KAKULULUの店の裏には今もその名残があります。
昔は遊ぶ場所といえば池袋駅周辺やサンシャインシティ。西池袋エリアにも喫茶店とか溜まり場はあるけど、線路を越えて東西を移動するのが少し面倒なのもあって全く別の場所に行く感覚ですね。

高橋悠さん

勝亦 高橋さんは過去に音楽制作の仕事もされていたそうですが、飲食店を始めたきっかけを教えてください。

高橋 音楽制作の仕事をしながらカフェもやりたいという気持ちはずっとあったんですが、大きなきっかけになったのは東日本大震災の時のこと。地震がおきて、避難する人々で色んな店が満員のなか、当時神保町にあった「カフェ・フルーク」が唯一受け入れてくれて。余震も起きてる最中で近所の人たちがお互いの無事を確認しに店に集まってる状況を目の当たりにして「こんな場所を作りたい」と思ったんです。それでいい物件があれば店を始めたいと思い始めた頃、池袋から実家に帰る途中に見つけたのが現在KAKULULUがある「三角ビル」です。

勝亦 当時のビルの写真を見せてもらいましたが、もっと蔦だらけで開口部もない様子でした。何にビビッときたんですか?

高橋 整備されたビル群の向かいにある、雑で手付かずな感じが対比として魅力的だと思いました。あと何かの裏紙に手書きのマジックで「売り物件」って雑に書かれてる感じも、なんじゃこりゃって感じで良かった(笑)

再開発の可能性も念頭に始めた店

勝亦 ビルはご自身で購入して改装されたそうですね。

高橋 建物のオーナーがご高齢で物件を手放したいと。賃貸契約だと改装工事に着手する時点で家賃がかかって開店準備を急がなきゃいけないので、購入することで時間の制限がなくなったのが自分にはちょうどよかったです。購入時点で築45年のビルだったので、改修補修を業者頼みにするより自分たちの手でやれるようにした方がいいだろうという危機感もありました。最終的には山形を拠点に活動する「アトリエセツナ」に内装の仕上げをお願いしましたが、現場で大工さんに色々教わりながら自分たちの経験値を上げていった感じです。

ライブイベントが増えてきた頃に高橋さんが実家から持ってきたピアノは、もともと全面本棚だった場所を改造して設置。
「ちょうど棚4マス分を切ったら、元から設計されたかのようにピッタリ入りました(笑)」

高橋 購入資金の準備までに周辺のリサーチもした結果、いずれこの場所も必ず再開発されてタイムリミットを迎えると感じたので、再開発の頃には物件を売却する考えもありました。でも店を続けるほど街や店の事情は変化して、今は再開発の話が挙がったとしてもかんたんに「出ていけ」とは言われないために、僕自身が店で音楽ライブなどを続けることで面白い人たちが集まって地域のハブになりたい、と考えています。

勝亦 長期的なことを見据えたしたたかなプランですね。地域のハブになっていると実感したエピソードはありますか?

高橋 地域外からわざわざここを目掛けて来てくれるお客さんがいるので、それはありがたいことです。地域内での立ち位置を実感する印象的なエピソードは、2021年秋にブリリアホール(豊島区立芸術文化劇場)でKAKULULUの7.5周年ライブを行った時のこと。としま未来文化財団から「としま文化の日」ウィークの一環でイベント開催する話を持ちかけられたことがきっかけでした。公共ホールに飛び出せば、今まで店内で完結していた動きも分かりやすく自治体にも認識してもらえて、再開発の話が出たとしても何かしら保存活動にもつながればいいなと思いました。

店にゆかりのあるミュージシャンを呼んで2日間開催した「KAKALULU 7.5th Anniversary Live」。

誰でもウェルカム=公共とは限らない

勝亦 神保町のカフェ以外にインスピレーションや参考になった飲食店はありますか。

高橋 まず栃木県黒磯に本店がある「CAFE SHOZO」(※)。SHOZOがあるから週末だけ黒磯に出張出店しにいく東京のお店もあるくらいで、とあるお店が街全体の雰囲気や動きを作ってるのが面白い。

※1988 CAFÉ SHOZO:栃木県黒磯で1988年にオープンしたカフェ。現在は栃木、東京、福島にカフェを4店舗、雑貨店も展開。カフェブームの先駆けであり、SHOZOに続き黒磯で他店開業等の動きができたことから、黒磯の街並みを作った存在とも言われている。

高橋 もうひとつは、馬喰町にあった「OnEdrop café(ワンドロップカフェ)」。今は専業化して特定のメニューや打ち出し方だけするカフェが多いけど、昔はもっとごっちゃになって「なんでもやる」という店が多かった。DJイベントやライブもやれば、ギャラリー展示もある、いわゆるハコモノの魅力がありました。今は閉業してしまったワンドロップには、2010年頃に足を運んだときもまだそういう動きがありました。メニューも決まりきってなくてざっくばらんで、店内でフランス語講座をやってたり。
馬喰町にある「カフェ フクモリ」はピアノを置いていてライブやイベントを行なっていて、あれもいいですよね。ちなみにこの店の壁に使った塗料は、馬喰町にある「パレット」で作ってるんですよ。

勝亦 SHOZO COFFEEは、一飲食店が街全体の動きや空気感にも影響するいい例です。

高橋 それが一番の理想ですね。でもカフェは個人店なので誰しもがウェルカムという状況を作るのは違うと僕は考えています。ドリンクとWiFiとデスク提供するだけであれば自分の店じゃなくていい。偶然ギャラリー展示をやってて作家に出会えた、初めて聴く音楽がよかった、横に座っていたお客さんと知り合ったら…そういう出会いがあって、来たら何かを持ち帰ってもらえる場所でありたいと常に思ってます。

勝亦 「公共」というと、例えば道路空間や市民ホールなど「万人にひらかれた空間」がよく連想されますが、必ずしもそうではないですよね。KAKULULUの場合はマスターとして高橋さんがいて、空間に手が入れられていき、他者の出入りがある。そういう意味では「公共」だけど、出入りする人がある程度狭められる何かを作ることも必要です。そのためには「便利」は店に行く理由になってはいけない。

高橋 「敷居を低く誰でも入れる」だけでは、結局後からどんどんルールができていきますよね。敷居を作りながら店の姿勢を汲み取ってもらえるよう匂わせることも重要じゃないかと思います。
ライブやギャラリー展示も基本的には持ち込み企画で、店の姿勢を汲み取ってくれた上で通常のライブハウス等に比べて制限のある環境を楽しんで新しいことをやりたい、という方が多いです。いろんな人が色んなことをやり始めてくれる。

馬喰町の問屋ビルと三角ビルの共通点

勝亦 馬喰町は問屋街なので、自社持ちの小さく上に長い建物が多く密集しています。1-2階が店舗、3階が事務所で4-6階が在庫を保管する倉庫で屋上にまた床を作って倉庫、という形状の建物が多い。1階の奥に階段かエレベータがあって物を運ぶ、という作りが多いので、リノベーションの導線計画をするときも1階の一番いいところを店舗エリアでなく通路にせざるをえないケースが多いです。

三角ビルは、1階の店舗奥に階段がある作りが馬喰町によくある建物のようだと思いました。1階の店舗を通らないと上階にテナントとして入ってるオフィスに行けない作りなんだけど、この空気感を通って仕事場に行くってすごく豊かだなと。セキュリティシステムを導入しなくても三角ビルがこれを達成できているのは、まさにKAKULULUがあるからで、店主とビル主が同一人物だからだと思いました。

高橋 確かに、馬喰町の問屋ビルと規模感も似てますね。最初は建物の2階に知人の店舗を入れることも考えたんですけど、自分の責任の範囲で空間を使いたいと思って今の形になりました。他店舗を展開したくない理由もそこで、自分がその場所にいるから責任を持てるという状況で店を続けたい気持ちはあります。

高橋さんが音楽活動を行なっていた際の楽器や機材も常備しつつ、他のミュージシャンが利用した際にそれぞれの手持ち機材を持ち込んでいる。

目的がなくても何かを持ち帰ることができる場所

勝亦 馬喰町にはカルチャーの波及しやすさはあると感じています。対してこの辺りは古い空き家が賃し出されない場合も多くて、街全体が再開発待ちでカルチャーが波及するにも拠り所が少ない印象があります。作り手としても、再開発でどれだけ古いもの、もとあったものに寄り添いながら新しいものを作れるかというのは悩みの種です。

高橋 最近再開発されたとある街に行ったら、以前の雑多な雰囲気の面影がなくなって綺麗になりすぎていて驚きました。今後は目的があって行く、そのために目的を作る、という街がデフォルトになっていくのかもしれません。でも目的をスタンプラリー的に制覇していく感覚は好きじゃないです。「ここに来てこれを抑えておけば損しない」ってSNSや情報を頼る若い人が増えてるけど、全く冒険がないのってどうなんでしょう。

目的があってもいいんだけど、目的なく来て何か持って帰ってくれた方が嬉しいです。うちにもSNSで常にバズってる人気メニューがありますが、日替わりなので常に置いてあるわけじゃないんですね。毎日出せば売れるかもしれないけど、あえてそうしたくなくて。

勝亦 商売っ気があるようでないのもKAKULULUさんならではですね。日替わりメニューも人の欲求をそそるという意味では商売目的とも捉えられるのでしょうけど、それをそのつもりでやってないっていうのはユニークだと思いました。
以前、知人と一緒にサイクリングした時にどこに向かうか聞いたら「風の方向に行く」って言う人がいたんです。僕にとっては馴染みのある道だったんですが、それが楽しかった。彼について行くと知ってる景色も新鮮に楽しめる。まさにそういう感じだなと思ったんです。

高橋 そこまでお節介しなくても、街を飛び出してとりあえずどこかに向かえば何かと出会えるのにな、と思います。

勝亦 場所を作るにも街を知るにも時間が必要ですし、知っていくためのちょっとした工夫や提案を作っていくこと自体も豊かかもしれないですね。

高橋 飲食店は開業して10年経つと、街もその店ありきで存在するようになるという話を聞いたことがあります。
一時期この辺りに多くいたミュージシャンが出ていった時期があったのですが、最近また20代後半のミュージシャンたちが移り住み始めてます。だからまたこれから何か起きていくんじゃないですかね。この街の魅力って何?と引っ越してきた人に聞いたら「KAKULULUがあるからですよ」って面と向かって言われた時は、あまりに恥ずかしかったけど…(笑)

勝亦 感覚の合う人が「この場所があったから」と言って行動を起こすという意味では、確かにハブ的な存在になっていますね。高橋さんの話とKAKULULUの空間から思ったのは、店のマスターの趣向や属性が宿った「開かれたプライベート」が「属人的なパブリックスペース」となることでエリアの雰囲気や来街者の体験が豊かになるのではないかということ。馬喰横山のさんかく問屋街にもそのような、マスターと空間がセットになったような拠点を生み出していきたいです。

編集後記

取材を終えてから勝亦さんと「高橋さんが面白いのは、公共に向かうベクトルを持ちながら個人の持ち場にしっかり立っていることだ」という話をしました。

個人の姿勢を体現する場や営みに共感した人々が、自然に引き寄せられた結果できる「場所=公共・街」。プロセスを定めすぎず、しかし着地点で起こりうる可能性も論理的に予測しつつ、いろんな人が自発的に面白い何かを探し出し始められる、風通しのある状況を作る。個人から始まる「街の作り方・関わり方」として理想的だと感じました。

KAKULULUそしてオーナーの高橋さんが持つバランス感覚や姿勢は、まるで音楽の即興セッションのようだとも感じました。個人力が基礎になることで初めて、全体として調和する魅力が醸成されていき、関わった人自身も街の魅力の一部になっていくサイクルが生まれるのでしょう。

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