ハーバード大学デザイン大学院が提案する馬喰横山の暮らし

© “Tokyo: Artifice and the Social World” studio, spring 2022, Harvard University Graduate School of Design

▽22ハーバード大学デザイン大学院

ハーバード大学デザイン大学院建築・都市・ランドスケープデザイン専攻の2022年春期プログラムとして、学生12名が馬喰横山エリアのリサーチとエリア再生の提案を行いました。本来は来日の予定でしたが、コロナ感染拡大によって日本への国外旅行が急遽不可能となったため、ズームやグーグルなどのIT技術を駆使しての異例のリサーチとなりました。(勝亦丸山建築計画(勝亦優祐、丸山裕貴)はリサーチ等に協力)
この結果、総勢30のプロジェクトが提出され、馬喰横山の今と未来に向けた提案が誕生。今回はその中から、「さんかく問屋街アップロード」編集長の勝亦優祐が「馬喰横山にいる皆さんにもぜひ知ってほしい!」6つのプロジェクトをご紹介します。

聞き手:勝亦優祐
書き手:瀧瀬彩恵
空撮画像および地域模型写真:© “Tokyo: Artifice and the Social World” studio, spring 2022, Harvard University Graduate School of Design

馬喰横山で建築を考える意義

問屋を中心にさまざまな業態がみられ、近年は新しい生活スタイルや働き方を求める若者を年配の地元住民が歓迎する傾向にある馬喰横山。スタジオを率いるモイセン・モスタファヴィ教授曰く、西洋の都市計画にみられる厳密なゾーニングと異なり、東京はさまざまな機能や要素が入り混じったり、隣り合うことをよしとすることが、「建築デザインの新しい可能性を考えるうえでとてもエキサイティング」であるそうだ。

課題テーマは「Tokyo: Artifice and the Social World」。「Artifice」は「策略、術策、⼿段」と訳されることもあるが、「⼯夫、細⼯、匠」といった創意的なニュアンスもある⾔葉であり、これと「社会」が交わることによって⽣まれるものを狙う、という課題の意図が伺える。モスタファヴィ教授は「Artificeは必ずしも『建築』である必要はなく、社会とのつながりを感じられる造作物でも良い」とも話す。

⼤規模なデベロッパーによる匿名性の⾼い都市計画、そして⼩中規模で「個⼈の顔が⾒える」ローカルなまちづくりという⼆つの⽂脈とも葛藤しながらも、「新しいタイプのオルタナティブな再開発のあり⽅」をいかに提案ができるか?また「形態のデザイン」だけでなく、そこで誰がどのように⽣活や⽣業を送り、コミュニティを醸成していくのか?

これらの問いを⽴てながら、学⽣に課せられたのは「地域の居住⼈⼝および就業環境・社会基盤・⽂化の強化」という条件だ。「House+」をテーマに、単⼀機能に限定された空間ではなく、居住機能を中⼼にしながら、地域全体を豊かにしてくれる機能(たとえば保育園、医療クリニック、ギャラリーなど)を複数備えた有機的な空間であることが課せられた。

通常の建築設計に要する時間と⽐べれば、課題にさける時間はとても短い。しかも実現可能性をある程度盛り込むのだから、相対的に難易度は⾼くなる。
しかし、短期間で設計することで⽣まれる可能性を提⽰し、「インスピレーションとしての建築提案をすることで始まる議論や視点」を重視するこの課題から⽣まれた設計案は、ほとんどが設計された空間に対して複数のシナリオを持つ興味深いものとなった。

今回はこの中からさらに厳選して、勝亦優佑が「ちょっと先の未来で実現したら⾯⽩そう、と妄想を駆り⽴てるもの」そして「今の⾺喰横⼭にも現実的にあり得そうなもの」の2軸でプロジェクトを紹介。

課題1「HOUSE PLUS」:住宅プラスアルファを考える

テラスに公共庭園を備え、仏塔(パゴダ)をモチーフにした居住施設。パゴダと「⽊」のイメージを、地域住⺠がコミュニティを形成するために集まる様⼦に重ねている。⼈⼯物のブロックが密集するように作られた都市でもはや「贅沢品」となった公園や緑地・植物が建築に組み込まれ、⼦どもが迷路のような構造を遊びまわったり、⽼若男⼥が植物を居住スペースから眺めたり、時に⼿⼊れしながら交流する⾵景も想定されている。

【勝亦コメント】
東東京は意外に公共空間で緑を感じられる場所がありません。設計した学⽣は東東京の街中で頻繁に⾒られる路地園芸をみて「隙間に緑が存在してる」ことに着⽬したようです。都市の川、神⽥川と住まいと緑がセットで設計されていて、⾃然を⾝近に感じられる⼼地よい案。

養蜂+住宅「THE APIARY(アピアリー)」

葛飾北斎「富嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見」

東京国立博物館蔵国立文化財機構所蔵品統合検索システムよりhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-11176-4?locale=ja

養蜂場を意味する「The Apiary」。ミツバチが暮らす場所に⼈間の居住機能(多⽬的住宅)をあとから組み合わせる、という実験的なコンセプト。蜂の巣の構造的な性質から⼈の居住導線を設計した、上階ほどせり出してくる前衛的な形状もポイント。居住スペース以外の空間には、養蜂から⽣産、派⽣した⽣産物や⽣産余剰品も使⽤した飲⾷店や雑貨店、⾹⽔ショップなどが併設。経済的にも、⽣態的にも「超ローカル産」を⽬指した案。


【勝亦コメント】
蜂の巣は屋上や隙間など建物の⼀部としてよく⾒られますが、「ミツバチの⽣態系の中に⼈間が⼊り込んで住んだら」という発想が⾯⽩い。⼈間がコントロールしきれないことが⾊々と起きそう。

デザイナースタジオ+住宅「Shopping Street Apartment」

©Cathy Wu, Harvard GSD Studio, Spring 2022

墨田区側から見た現在の両国橋と隅田川河畔。両国橋の位置は当時より上流に移動している。

若⼿デザイナーに居住空間、制作スタジオ、⼩売スペースを提供し、業況変化のさなかにある問屋街のアイデンテティを⾼めることを⽬的とした集合住宅。建物の意匠は⽇本に古くからある商店にある要素に触発されている。可変的なパーテーションによって空間の区切りや⽤途が⾃在に変化し、居住者と外部からの来訪者同⼠の交流や、建物と商店街の導線のつながりに変化を⽣む案。

【勝亦コメント】
問屋事業に絡めているのでピックアップしました。図⾯や模型をよく⾒ると倉庫・問屋・⼩売といった複合的な機能も⾒られます。新進デザイナーがこの街に住みながら、⾃然と問屋のあり⽅にも変化が⽣まれるような試⾏実験として興味深いです。

課題2「Cultural Institution(⽂化施設)」

©Jennifer Li, Harvard GSD Studio, Spring 2022

『江戸名所図会1巻』より「馬喰町馬場」https://www.library.metro.tokyo.lg.jp/portals/0/edo/tokyo_library/modal/index.html?d=5662

直訳すると「卸売から⼩売へ」というタイトルの案。卸売から⼩売へのプロセスを可視化するように、倉庫兼ライブラリースペース、路⾯のギャラリー併設カフェ・ショップが⼊った複合的な⽂化施設。これまでBtoBに向けてのみ開⽰されていたものごとが、観光客、学⽣、地元住⺠等にも開⽰され参加可能な状況にすることが、業界を底上げすることを⽬指している。

【勝亦コメント】
前にご紹介した「Shopping Street Apartment」と似ていますが、こちらは居住空間を除いた⽂化施設としての案。さまざまな機能が⼀つの流れとしてつながり、これまで接点を持たなかった⼈々に対してオープンになっているのが良いですね。

リサイクルセンター「Cycle+ Tower(サイクルプラス タワー)」

©Sheng Qian, Harvard GSD Studio, Spring 2022

主要道路3本が交差する間の三⾓形の敷地を想定し設計されたモニュメンタルなタワー。各道路から連なるように上⽅へ螺旋を描くような構造で、上階へ上がっていくごとに「地域のゴミのリサイクル過程を追うことができる博物館」。各階ではゴミのゆくえを体験できるイベント、DIYワークショップ、カフェやバー、ギフト店、読書室、グリーンハウスなど様々なプログラム/スペースを展開。⼈々が集まり、リサイクルの重要性について学んだり対話することができる。

【勝亦コメント】
道路のあいだにできた絶妙な形状の空き地と、3本の道路という周辺環境もしっかり絡めた建物。資源になるゴミのリサイクルプロセスを利⽤者が⽬撃でき、さらにそこから⽣産されるプロダクトも作るという流れが⾯⽩いです。

都市農園+レストラン「The Neighborly Garden(ザ ネイバリー ガーデン)」

©˝Andreea Adam, Harvard GSD Studio, Spring 2022

都市の⽇常で、気候変動対策や農業の導⼊を実践するプロジェクト。⼆酸化炭素排出量が少ない建築を⽬指し、⽇本の伝統的な⽊造建築に着想を得てデザイン。上階に農園エリア、ルーフトップバー/ワークショップエリアを設け、そこで⽣産された野菜を扱うオーガニック系レストランとマーケットが低層階に位置している。地域住⺠のハブになりながら、農業に対する教育的な機能も果たしている。

【勝亦コメント】
これも「サイクルプラスタワー」同様にプロセスを⾒せるアイデア。上階で採れた新鮮な野菜を下階で⾷べる。⼈間よりも「農産物が建物を活⽤する」という切り⼝も⼈⼝減少時代の提案として良いと思いました。

編集後記
建築・都市・ランドスケープデザインを横断するのが特徴のハーバード⼤学院のスタジオは、過去にも⽇本の様々なエリアに滞在しリサーチを実施してきた。しかし今回のプログラムでは、コロナ禍の影響で実際に来⽇してのリサーチを⾏うことができなかった。そのためイマジネーションやリサーチ(⽇本の⼩説やテレビ、映画等のメディアでの情報収集)で補完をしていたのだそう。そのため多少の荒削りな印象やイメージ先⾏な要素もありながら、現実的にあり得そう、という不思議なバランス感覚を持った内容となったように感じる。建物の内部で起こる「できごと」ありきでハード⾯がデザインされている必然性の⾼さがそう感じさせるのだろう。建築は運営の話抜きにカタチを作れない、ということを改めて認識する良い機会だった。

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